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障害者虐待防止法に思う

障害者虐待防止法成立からかなり時間が経過しています。2011年8月15日の週刊福祉新聞に成立への思いを書いたことがありますが、いまの時点での思いを改めて書いておきたいと思います。

障害者虐待防止法が成立したのは2011年6月17日でした。施行は2012年10月1日。2003年の「カリタスの家」事件をきっかけにして厚労省が検討を始めたのが2005年。勉強会が省内に設置され私も参加しました。早期の成立が期待されつつも、政局の影響で先延ばしがくり返され、これはできないのかとあきらめていたら成立しました。いまの時点で振り返りますと国連の障害者権利条約の批准(2014年1月)の関係があったと思います。

障害者に対する虐待事件は毎週のように報道されています。報道の多くは施設内虐待なので、施設ばかりが目立ちますが、虐待はどこでもおきます。家庭内虐待(養護者虐待)が多いと福祉専門職の中では認識されているようです。実際、通報件数も養護者虐待が多いですね。しかし、学校、就労先、病院など、障害者が関わるあらゆる場所で虐待が起きます。最近ではグループホームが目立ってきていますね。いずれにせよ、特殊な立場の人が、特殊な場所でおこす、虐待はそんなものではないと思います。

障害者虐待防止法の基本的なスキームは、家庭(条文上は養護者)、就労先(条文上は使用者)、福祉現場(条文上は福祉施設従事者等)における障害者虐待をメインターゲットにして、そのそれぞれについて身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、経済的虐待、ネグレクトの定義を置き(2条)、自治体がこれら虐待に対応するセンターとして都道府県に障害者権利擁護センター、市町村に障害者虐待防止センターの設置を義務づけた形をとっています。都道府県の障害者権利擁護センターは、あまり知られていませんが、虐待認定権限がありません。法律上の虐待の発見者には、その立場や職種を問わず通報義務があると法律に明記されています。(通報しなくても罰則はない)。

この法律のスキームの中で、成立前と大きく変わったのは、家庭虐待と就労現場での虐待対応でしょう。家庭については、家庭への立入(11条)、警察の協力(12条)、養護者に対する面会制限(13条)と支援(14条)が規定されています。とくに家庭への立入は他には根拠法令はなく市町村へのまったく新しい権限付与でした。

就労先の虐待は、都道府県からの通報を受けて労働局が既存の労働法規を使って対応することになっています(23条、24条)。虐待について都道府県の労働局への通報義務と労働局の対応責任が明確になったことが特色でした。ただ現場感覚で申し上げると労働局の対応は、それほど積極的ではありません。結局、わからない、という判断が多いように思います。施設虐待もそうなのですが、事業者側に虐待はなかったと否定されると、あっさりと「わからない」と判断する公務員が多いように感じています。とくに労働局がそうですね。

法は、このように家庭・就労・福祉サービスの3点について規定を整備したわけですが、それ以外の場面でも虐待はおきます。これについては3条に何人も障害者を虐待してはならないと述べているので、やはり虐待対応を考えるべきだといえますが、この3条の虐待に対応する制度的スキームは明確には存在していません。したがって2条に入らない医療現場や教育現場における虐待は、3条の守備範囲となり「虐待は許されないが、対応スキームは明確でない」状態が残っています。ちなみに2条に規定する虐待を「障害者虐待」と呼ぶと2条自身に書いてありますが、3条に規定する障害者に対する虐待も、日常用語でいえば「障害者虐待」であって混乱を招きますね。2条の「障害者虐待」の用語は、法に定める通報義務や対応スキームの適用がある虐待を意味するだけであって、2条からはずれる虐待を容認する趣旨ではないでしょう。このあたりは不明確なままにこれまで推移してきています。とくに医療、教育現場における虐待にどう対応するのか、3年後の見直しが予定されていましたが、成立後10年以上を経たいまでも見直しの機運は政府からはでてきていません。結局、障害者権利条約の批准に合わせて体裁を取り繕っただけという側面が強いように思います。
障害者権利条約の日本に対する総括所見が2022年10月7日づけででておりますが、その36の項目で障害者虐待防止法を見直すようにという意見がついております。しかし日本政府がこれに対応する動きを示しているとは到底思えません。ただし、精神科病院では、2022年12月の精神保健福祉法改正により、精神科病院の従事者は虐待を発見したときに通報する義務が定められました。これは虐待防止法の改正ではありません。また時間的に条約の指摘を受けたというよりは、あまりにも精神科の虐待が多いという認識が関係者にあったものと思います。

障害者虐待防止法の制定は、日本社会に大きな意味をもたらしました。それは虐待通報を受けて、家庭に行政の支援が入り、施設の改革が行政から指導され、就労現場の現実を見直すことの行政指導が行えるからです。でも、虐待通報が、支援や改革のきっかけであると思っている人はあまり多くありません。そのことが通報をためらう要因であったり、虐待認定に過度に反発する施設を生み出しています。

障害者虐待防止法の成立の経緯については、こんな文章もあります。

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号
障害者虐待防止法 ~法制定の経緯と残された課題~

https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n370/n370003.html

さて今後の話ですが、冒頭にも書きましたように、障害者虐待防止法は改正されるべきでしょう。それは対象から医療や教育が落ちているという点もそうなのですが、基本的に「通報ベース」でできているということです。いわば受け身の姿勢なんですね。通報も重要なのですが、もうちょっと行政側で積極的な手段がとれないものか。

障害者権利条約16条では、積極的な監督、訴追機関の設置を呼び掛けています。いまでも各種福祉サービス機関には行政の監査が入っていますが、虐待の察知を目的としたものではありません。現場をみない書類だけの審査でそれも経理的な問題に限定しているのが現状です。これをもっと虐待の有無にも目を向けた監査に改革できないものか。

つぎに監査したとしてもわからないこともありますので、専門の調査機関を各市町村にできないものか。まあむりであれば都道府県レベルでもいいのですが。

そして、最後が紛議調整機関です。権利条約では訴追機関といっていますが、それは刑事司法の話なので、むしろ専門の紛議調整機関ができないものかと思っています。